メッセージ
本堀 雷太
本堀技術士事務所 代表
技術士(衛生工学部門、生物工学部門)
環境省環境カウンセラー(事業者部門)
労働衛生コンサルタント(労働衛生工学部門)
株式会社 パナ・ケミカル 技術顧問
一般社団法人 資源プラ協会理事(技術担当)
プラスチックリサイクルのトップランナー「J-EPS」はなぜ成功したのか
19世紀にプラスチックという”新素材”が登場して以来、わずか150年程の間に人類の生活様式は劇的に変化し ました。我々の身の回りにはプラスチック製品が溢れ、今やプラスチックの無しには人類の発展は望むべくもありま せん。プラスチックは人類史上、短期間にとてつもなく大きな恵みをもたらした”奇跡の素材”であるといえます。
しかしながら、昨今、河川や海洋などの自然環境中に逸出したプラスチックによる生態系の破壊などの環境汚染 が深刻化し、社会のプラスチックへの視線は厳しさを増しています。また、世界のプラスチック廃棄物の大部分を飲 み込んで来た中国による輸入規制「国門利剣」に端を発した国際的なプラスチック廃棄物の物流環境の変化は、2 021年1月より施行された改正バーゼル条約により新たな局面を迎えています。
我が国のプラスチック産業は1950年代から本格化し、プラスチック産業の発展と共に1960年代にはプラスチック リサイクルビジネスの萌芽が見られました。これまで様々なプラスチックリサイクルの事業化が試みられ、数多の技 術が市場に投入されてきましたが、多くは失速し密かに姿を消していきました。その中で、我が国発祥の「発泡スチ ロール(EPS)のマテリアルリサイクルシステム(J-EPS)」はプラスチックリサイクルの数少ない成功例の一つとし て市場で広く認知され、現在もマテリアルリサイクルのトップランナーとして走り続けています。では、なぜJ-EPS は成功したのでしょうか?
プラスチックのマテリアルリサイクルが持続的な事業として成立するためには、「経済的な合理性」と「技術的な 妥当性」の双方を満足する事が必須の要件です。
「経済的な合理性」とは、「処理物の物流(商取引)が経済的な合理的判断に基づき持続的に行われる仕組み」 に依拠している事でありまして、補助金や助成金に依存し続けて資源循環の輪を”無理やり回す”のではなく、あく までも「市場での公正な取引(需給バランスに基づく経済活動)」によって静脈物流の輪を維持するための基本的 な原則です。したがって、プラスチックのマテリアルリサイクルを持続的に営むためには、プラスチック廃棄物の処 理物や再生プラスチック原料が安定に取引される必要があり、この取引要件の一つが「品質」という事になります。
J-EPSはこのマテリアルリサイクルにおける「品質」というものに最初に着目したビジネスモデルであり、品質 に基づく経済的な合理性を確立する事でこれまで数十年にわたって国際的な資源循環の輪を安定に維持してき ました。今やアジア地域のみならず我が国から遠く離れた欧州や北米地域まで廃棄発泡スチロールより”製造され た”ポリスチレンインゴット(PSインゴット)は輸出されており、”地球規模での資源循環の輪”は拡大しつつあります。
このプラスチックのマテリアルリサイクルにおける品質は、処理作業に従事する「ヒト」とヒトが使いこなす「技術 (処理技術と処理装置)」によって生み出されます。ヒトの優れた能力を処理技術や処理装置が支える形がプラス チックのリサイクルの理想形であり、従来の「廃棄物を処理する」という視点から一歩進んだ「廃棄物を原料に資源 (工業原料)を製造する」という大きな転換を促す事になります。
このヒトと技術のマッチングこそが「経済的な合理性」と並ぶ必須要件である「技術的な妥当性」という事にな ります。J-EPSにおいては、発泡スチロールというポリスチレン(PS)を発泡成形した素材を如何にして脱泡減容し、 再生処理に適した形状に成形(インゴット化)するのかという技術的課題に対して、高い技術を保有する専門メーカ ーが、商品であるPSインゴットの取引の実務を担う専門商社と共に切磋琢磨しながら技術や装置を開発してきま した。「まず技術ありき」では無く、実際に処理作業を担う現場のニーズや意見を商社が汲み上げ、本当に必要と する技術のスペックをメーカーが作り上げていくという”地道な挑戦”を長きにわたって積み上げてきたのです。
「処理を担う処理業者」、「物流を担う専門商社」、「技術を担うメーカー」の三者が共に創り上げた技術がJ-EPS を支えていると言えましょう。そして、この挑戦は現在も弛む事無く続けられています。つまり「技術的な妥当性」 を満たすためには、「単に処理が出来る能力」ではなく、「経済的な合理性に基づいた取引に供する事が可能なレ ベルの品質を有する処理物を生み出す能力」を保有している事が必須であると言えます。
また処理能力のみならず、作業者が安全かつ衛生的な環境下で作業に従事できる仕組み(労働安全衛生)や、 処理に伴って周辺環境を汚染したり、エネルギーなどの投入資源の無駄が生じたりしない仕組み(環境調和性)を 満たす事も重要な管理項目です。J-EPSを担う発泡スチロール減容処理装置は長きにわたる開発の歴史からこ れらの事項についても十分に対応しており、他のプラスチックリサイクル装置と比べても、遥かに技術的な進歩を 遂げていると断言できます。
ここまでお話ししました様に、「経済的な合理性」と「技術的な妥当性」の双方を満足したが故にJ-EPSは数十 年にわたってプラスチックのマテリアルリサイクルのトップランナーとして走り続ける事が出来たのです。
プラスチックのリサイクルを取り巻く環境は劇的に変化し続けており、この変化の荒波を乗り越えるためには、J -EPSで確立した「ヒト」と「技術」のマッチングによる「処理物の品質向上」が鍵となります。品質の向上により処 理物の市場における取引価値が向上し、結果として経済的な妥当性を満たす事に繋がるのです。
J-EPSは我が国が誇るプラスチックのマテリアルリサイクルに関する総合的なシステム体系であり、ヒトの管理、 技術の運用、品質の管理、物流の管理、市場での取引、再生原料の用途開発、周辺環境との調和、資源の有効利用 などの多様な課題への解決策を明確に提示しています。また、製造されたPSインゴットは優れた再生ポリスチレン 原料の基材として世界各地へ輸出されており、我が国が戦略的な輸出資源(化学製品)としての地位を築いてい ます。
この優れたリサイクルシステム体系を次の世代に継承し、我が国が世界的に展開する環境戦略の礎として運用 する事が我々に与えられた使命です。まだまだ”挑戦”は続きます!